"ところが頭のなかから、「ただ、一さいは過ぎて行きます」という文言がいっかな去らず、それどころか反対に増殖、トラックとかがバックするときに、「バックします、バックします」という変な女の声、みたいな声で、「ただ、一さいは過ぎて行きます。ただ、一さいは過ぎて行きます。」と響いてやかましいくらいな感じになり、いったいどうしたことか。"

町田康『どつぼ超然』
@1 year ago with 3 notes

" 推理小説が興醒めなのは、それを書いた人がいる、っていうことだ。書いている人間には犯人やトリックは最初から判ってる。でも判ってないみたいに書いてある。自分で宝物をどっかに埋めて、それから宝物がなくなったって騒いで、最後に宝物をみつける。そんなの全部芝居じゃないか。馬鹿馬鹿しい。"

藤谷治『ぼくらのひみつ』
@1 year ago

"ヒンメルスバッハが、チラシのぎっしり入ったスーパーのカートを押して、通りを歩いているのだ。一軒一軒の前で足を停め、郵便受けにチラシを差しこんでいる。郵便受けのない家の前では、腰をかがめて、ドアの下のすきまから押し入れる。恐ろしいことが思い浮かぶ――ヒンメルスバッハが、私の代わりに敗残者になっている、と。はじめに彼がパリで挫折するのを見て以来、ヒンメルスバッハの役目は、敗残者の像を鏡像として私に見せ、私をおびえさせ戒めることにあったのだ。私は無力だ。頭が混乱し、狼狽が身内を走り抜け、眼に熱いものがこみあげる。歩みをゆるめて、路上に停められた車の蔭に隠れる。ヒンメルスバッハと顔を合わせたくないし、口をききたくない。彼は私のことも自分のことも理解していないだろうし、そして私には、この衝撃について彼に説明する気力もなければ、能力もないのだ。ヒンメルスバッハへの涙だと思ったのは当初だけだったことが、しだいに意識される。いま、涙はただ自分にむけられている。私だって、もし進退窮まれば、チラシを配って街を歩いていただろう。自分が際限なく屈することができることをいつか否応なく公衆の面前に晒す日が来るのではないか、というのが、私のたえざる恐怖だった。さいわいなことに、ここでまた珍事が起こる。なかば彼に、なかば私にとっての衝撃から私を解放してくれたのは、またぞろヒンメルスバッハだった――これで二度目、やつは体を屈めて、車のサイドミラーを見ながら、髪を梳かしたのだ。ヒンメルスバッハよ、と私は温かい気持ちでののしる、そこまで落ちてもまだ格好いいと思われたいのかよ。"

ヴィルヘルム・ゲナツィーノ『そんな日の雨傘に』
@1 year ago

"ある日、家が忽然と消えてなくなったり、改築されたりすることがある。見る影もなく変ってしまい、腹が立って、私はそれっきりもう眼もくれなくなったりする。きょうはそういう日だろうか――そうではなさそうだが。もしそういう日だとしたら、私はまたあれを感じているはずだろう。私みたいな人間は、古家みたいに消えてなくなるか、改築されよ、と告げられてしかるべきだという感じ。この感じは、しばしば陥るある気分と結びついている。つまり、自分は、自分の許可なくこの世にいる、という気分。正確に言うと、私はずっと、誰かが、きみはここにいたいかい、と訊いてくれるのを待ち続けている。もしも、たとえばきょうの午後、この許可を私が出せたらどんなにいいだろう。私が誰に出すのかはさっぱりわからないが、この場合それはどうでもいい。"

ヴィルヘルム・ゲナツィーノ『そんな日の雨傘に』
@1 year ago

" 五十歳の誕生日を目前に控えて、わたしは同国人のくだすいろいろのばかげた決定に、ますます腹が立ち、不可解でならなかった。そしてある日とつぜん、わたしは彼らを哀れに思うようになった。それほど不快きわまる行動をし、それほど不快きわまる結果を招くのが、彼らにどんなに悪気のない、自然なことであるかを、理解したからである。――つまり、彼らは物語の本の中で創作された人びとのように生きようと、ベストをつくしているのだ。なぜアメリカ人があんなにしょっちゅう、おたがいを銃で撃ち殺すのか、その理由はここにある――それは、短篇でも一冊の本でも、小説を終わらせるために便利な文学的手法の一つなのだ。
 なぜこんなに大ぜいのアメリカ人が、政府からまるで使い捨てのティッシュ・ペーパーのような扱いをされているのか?それは、小説家が作り物のお話の中でいつも端役をそんなふうに扱うからである。
 その他いろいろ。
 なにがアメリカをこんなに危険で不幸な国、実生活でなにもすることのない人びとの集まった国にしているか、いったんそれを理解したとき、わたしはストリーテリングを避けようと決心した。人生について書こう。どの人物にも、ほかの人物とまったくおなじ重要性を与えよう。どの事実にもおなじ重みを持たせよう。なに一つなおざりにはすまい。ほかの作家たちには、混沌の中に秩序を持ちこませておけ。わたしは逆に、秩序の中へ混沌を持ちこもう。"

カート・ヴォネガット・ジュニア『チャンピオンたちの朝食』
@1 year ago

"「不景気で売り上げが伸びたのは、収入が減ったり失業した男性のパイプカット手術くらい。ほとんどの病院が負債を抱えて、倒産しています。"

堤未果『ルポ貧困大陸アメリカⅡ』
@1 year ago with 1 note

"青空の背景にそびえる巨大な円形の鉄の塊を見上げながら、彼はフレームに配置されたゴンドラの数をかぞえてみた。ゴンドラは全部で四十六基だった。四十六?四十五であれば円の三百六十度を割り切ることもできるだろうが、ひとつ多い四十六というのはいったいどういう理由なのだろう?彼はもう一度数えなおしてみたが、やはり間違いない、ゴンドラは四十六基だった。ならば俺はその最後の、四十六番目のゴンドラに乗ってみたいものだ、きっとそこには幸運があるに違いない、しかしそれはどうやって見分けることができるのか?確率の問題だろうか?母数の問題だろうか?いや違う、たかが観覧車のゴンドラに乗るかだって、それは予め定められた未来なのではないか?"

磯崎憲一郎『終の住処』
@1 year ago

" 自分にぐったり疲れた私は、きょう分別のあることをせめてひとつはしようと、意を決して床屋に行く。頭がくりひろげる埒もない考えから逃れるすべがないので、きょう二度目の外出をするのだ。だけど、いつもかも気を逸らした人生を送れるわけじゃないぞ、と小声でひとりつぶやく。〈消えたい病〉だけじゃなく、おまえはなにか別の情熱を持たなくちゃならんだろうが。といいつつ、自分への毒舌を聞いているのはなかなか心地がいい。その毒舌にふくまれている甘い毒が、罵られている自分をその反対にひっくり返すから。さらに毒舌に隠れている誇張が、自分を同時に無罪放免にする。"

ヴィルヘルム・ゲナツィーノ『そんな日の雨傘に』
@1 year ago

" まだ種付けはしていないのだが、獣医のハワード・パドウィー博士によると、彼女は想像妊娠を経験中らしく、そのゴム製のアイスクリーム・コーンを子犬と信じこんでいる。彼女はそれをクロゼットの中へ隠す。それをくわえて、メゾネットの階段を昇り降りする。乳の分泌さえはじまった。いま、それを止める注射を受けているところだ。
 天はこの犬をなんと激しくも真剣にならせたのだろうか――たかがゴム製のソフトクリーム、茶色のゴムのコーンとピンク色のゴムのアイスクリームでしかないものに。それとおなじく、このわたしも、なんとばかばかしいガラクタへの執着を演じつづけてきたのだろうかと、思わずにはいられない。まあ、それはどうでもよい。この世にはわたしたちの存在理由はない――わたしたちがそれを発明しないかぎりは。それだけはたしかだ。"

カート・ヴォネガット『ジェイルバード』
@1 year ago

"わたしはトラウトに生きる価値もないような人生を与えたが、それと同時に、生きつづける鉄の意志も与えておいた。これは地球という惑星ではごくありふれた組み合わせである。"

カート・ヴォネガット・ジュニア『チャンピオンたちの朝食』
@1 year ago