"私は誰とも議論をしたのではないのに、独で腹を立てていた。神がいると云う者と、いないと云う者との間には、そのいるとかいないとか云う言葉が、食い違っているんだ。自分が神はいないと云ったからって、それは神がいると云う者のつかったいると云う言葉を、否定にしたのではない。それが解らないのだから駄目だ、と思って一人でむしゃくしゃしながら、懐手をして道を歩いていた。それなら神を連れて来て見せるがいいと私は腹の中で叫んだ。よしんば連れて来て見せたところで、それは神がいると思っている者の神に過ぎないじゃないか、それが神はいないと思う者の目に神と見えるかどうだか受け合われたもんじゃない。それじゃしかし、こう考えたらどうする。それじゃ神はいないと云う者も、その否定する前に、一先ず自分の神を認めた事になってしまう。彼は否定する為の神を祀ってるじゃないか、どうだと私は独で駄目を押して、益むしゃくしゃして来た。"
内田百閒「白子」
@2 years ago