"「とんでもない」彼は言った。「君がコントロールしていないのだよ。まさにそれだからこそ、君をここに連れてきたのだ。君がここにいるのは、謙虚さに欠け、自己鍛錬を欠いているからに他ならない。正気であるために支払うべき服従という行為を、君は断固拒否している。君は精神異常者、たった一人の少数派となる道を選んだのだ。鍛錬された精神の持主だけが現実を認識できるのだよ。ウィンストン。君は現実とは客体として外部にある何か、自律的に存在するものだと信じている。さらにまた、現実の本質は誰の目にも明らかだと信じてもいる。自分に何かが見えていると思い込む錯覚に陥ったときには、同じものが他の誰の目にも自分と同じように映っている、と君は勝手に想定するわけだ。しかし、いいかねウィンストン、現実は外部に存在しているのではない。現実は人間の精神のなかだけに存在していて、それ以外の場所にはないのだよ。ただし、個人の精神のなかにではない。個人の精神は間違いを犯すことがありうるし、時間が経てば結局は消えてしまうものだ。現実は党の精神のなかにのみ存在する。何しろ党の精神は国民全体の総意であり、不滅なのだからな。党が真実であると考えることは何であれ、絶対に真実なのだ。党の目を通じて見ることによって、はじめて現実を見ることができる。君が学びなおさねばならないのはこの点だよ、ウィンストン。それには自己破壊の行為、意志の努力が必要となる。正気になろうとすれば、まず謙虚にならねばならない」"

ジョージ・オーウェル『一九八四年』
@2 years ago